私は二〇年間、原子力発電所を造ってまいりました。現 場の監督責任者として。もちろん、この浜岡原発も手掛け ております。浜岡と同じ沸騰水型というのが専門なんです が、この浜岡原発の一号機、二号機、いわゆるマークIと いうタイプ。ましてや一号機については、世界でもまれに 見るような大事故を二回も続けて起こしているんですよ。
一九八七年、再循環ポンプが、これは沸騰水型の原発で は心臓です。これが全部二台ずつあるんです。一台が止ま っても一台が動いているからと。ジェット機と一緒でエン ジン二台積んで、一つがトラブルを起こしても一つがある からと。絶対二台止まるようなことはないと。それが浜岡 原発ではいっぺんに二台止まってしまったんです。飛行機 だったら墜落なんですが、それでも黙って動かしたんです よ、中部電力は。
その翌年、また同じことをやってしまう。これはもう、 いわゆる世間には顔向けができないくらいの大事故です。 私どもが解析していくと、日本くらい大きな事故を度々起 こしているとこも、珍しいんですよね。
二、三日前ですか、やはり原子力発電所の寿命は三〇年、 四〇年といっていたと。そうではない、平均すると一七年 くらいになるんだと。というのはアメリカやヨーロッパで は事故が起きる、そうすると国民が黙っていないんです。 そんな危ないもの動かしちゃだめだ、というので閉鎖して しまうんです。閉鎖。いわゆる電気を起こさなくなって、 そのまんま放射能が出るのがゼロになるのを待って、それ から廃炉に向けていくと。
これがいわゆる日本では、ない。なぜ、ないのかいうと 、やはり国民一人ずつが、危機管理がゼロなんですよね。
お上のいう通り、大企業のいう通りに信用してしまって いると。取り返しがつかないことが起きてしまって、初め て慌ててしまうというようなことが非常に多いんですよね。
いわゆる地震。いうのは去年、阪神大地震がありました。 地震があった次の日、私はすぐ神戸へ行きました。あの高 速道路が引っ繰り返っている。新幹線があんなんになって いる。その現場を見てア然としたと同時に、「これは原発 と一緒だな」というのを一番最初に感じたんです。
なぜかというと、あの橋桁の中から、いわゆる型枠のベ ニヤ板が出てくる。ジュースの空き缶は出てくる。設計し た人はよもやそうゆうふうな物が中へ入っているとは思っ ていないんですよ。設計する人は。でも私は、「あっ、こ れが現実だな、原発とまったく同じだな」と。
というのは、どういうことかというと、今原子力発電所 で働いている人、工事をやっている人たちというのは九五 〜九八%は、全くの素人の人なんです。職人という人はも うほとんどいない。
これはただ、原子力の現場だけではありません。いろん な所で後継者不足、職人不足といわれている。だから実際 、そういう人は自分が今何をやっているのか、何の工事を やっているのか分かっていないんですよ。ただ言われてい るからやっているんだと。
原子力発電がなくても暮らせる社会をつくる国民会議
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